2020.12.29 04:28加古川町友沢 壽願寺(じゅがんじ) フジバカマ…その乾燥葉の、桜餅にも似た香しき匂いに誘われ優美に舞い降りる“アサギマダラ”錦秋の友沢には、そんな風情を醸し出す古刹があります。
2020.12.28 02:53本町・唐人、薬師堂 因縁ニテ此処迄上リシャ委細ヲ知ル者ナシまことに、そのオランダ人いかなる因縁で この地まで到来したか、委細知る者はなし。 七百五十年…悠久の歴史を刻んだ『唐人(とうじん)薬師堂』も今は昔。(平成18年6月解体)しかるに地域住民に慕われ続けた“お薬師さん”への熱き信仰心は、いま『本町地蔵尊』に形を変え、脈々と次世代に引き継がれている…。
2020.10.18 08:17大川町寺家町 弘法大師堂疫病蔓延を憂い、その終息を祈願する為大師堂建立に奔走した熱き四名の住人がこの地にいた。。 国道2号線の大川町信号北側直近の住宅道路沿いに、約八坪余りの瀟洒なお堂がある。以前より、その縁起について気になっていたところ、この度、知人を介して大川町の歴史に精通した御仁を紹介していただくことになった。
2020.08.18 08:30加古川町平野 龍泉寺〜春秋を織りなし、おろち伝説が今なお息づく播磨の名刹〜 昔、龍泉寺は、寺家町字蔵屋敷、今のニッケパークタウンの辺りにありました。この付近には大蛇が棲む大池があり、里人は毎年人身御供を行っていました。ある時、諸国修行の旅僧が池のほとりに通りかかると、娘とその両親らしい男女が、さめざめと泣いており、何事かと、里人に聞いたところ、『この池に大蛇が棲んでおり田畑や人畜に害を及ぼすので、毎年、人身御供をしています。今年は、あの娘さんがくじに当り、今夜、この池に身を投げることになっているのです。』旅僧は、気の毒に思い、『今夜のところは、拙僧に任せなさい。』と言って、親子を家に帰し、一人、堤に立って静かに念仏を唱え始めました。真夜中近くなった頃、にわかに黒雲が沸き上...
2020.06.27 09:08加古川城主、糟谷武則:その栄枯衰退の歴史 糟谷氏の家紋:三盛り左三つ巴 糟谷武則は、安土桃山時代から江戸時代にかけての武将・大名で12代目加古川城主。生誕や死没年月は不明。糟谷氏は、播磨加古川城を拠点に、鎌倉時代から続く武家で、武則は、三木・別所氏の家臣であった糟谷忠安の次男である。有名な「加古川評定」後の秀吉による三木城攻めでは、兄・朝正と袂を分かち、羽柴軍に就いた。後の“賤ケ岳の合戦”では、「七本槍」の一人として武功を立てて一万二千石の大名に出世した。以下、武則と加古川城…そのかかわりについてのあらましを記述してみる。