創設と軍旗授与
第三十九聯隊の創設[軍旗授与]
明治29年7月、39聯隊の位置は、姫路と定められた。
この年の11月、姫路城三の丸内の歩兵第10聯隊の兵営内に歩兵第39聯隊と第1大隊本部が開設された。
徴兵対象区は、神戸市、美濃郡、加古郡、明石郡、多可郡、加西郡、印南郡等1市8郡であった。軍旗の拝受は、明治31年3月24日、明治天皇より軍旗が授与された。(姫路は、遠隔地の為、直接ではなく、統率系統により授与された。)
[軍旗授与の要領]
これは、時代によって異なっていたようである。
明治天皇においては、聯隊が整列する日比谷練兵場に行幸され、聯隊長に直接授与されている。
しかし、遠隔の地にある聯隊に対しては、統率系統により、授与されていた。大正14年に軍旗授与要領が改正され、聯隊長は旗手とともに、宮中に参内して、陛下から直接授与されることになった。このようになったことで、聯隊としては、感激もひとしおであった、と伝えられている。
39聯隊に対し、明治天皇からは、軍旗授与にあたって、次のような御製を賜っている。
※「ますらお」とは、この御製においては、『頑健な勇士』を意味する。
これに対する返歌は、作者不詳であるが、次のように歌われている。
このようにして、聯隊長は軍旗を旗手に授け、乗馬して聯隊を指揮し、
軍旗に対して“捧銃”(ささげつつ)の敬礼を行った。
ラッパ隊は、「足曳き」の譜を吹奏し、終わって分列式を行った。
以上が、当聯隊創設当日における式典の概要である。
なお、当時の聯隊規模は、およそ、2,000名とされている。
上の写真は、明治33年に発行された第39聯隊『徴募(徴用)証』である。
実名は伏せるが、これを見ると、「住所は、兵庫県加古郡氷丘村」と記されている。さる人が、「人様に見せてもらってもいいですよ。」とのご家族の了承を得て、撮影したもので、それを編者に提供いただいた貴重な写真である
第3部に続く
0コメント